一般歯科 歯周病治療(歯周内科)入れ歯/義歯 3Mix法 小児歯科 滅菌・院内感染対策

院長紹介

院長あいさつ

いつの時代でも医療に欠かせないもの、それは思いやりの心です。どんなに技術が進化しても、機器の性能が高くなっても、人を思いやる気持ちが無ければ、期待される成果は得られないでしょう。

来院される皆様を気持ちよくお迎えし、しっかりとお話を聴くこと、処置の前には必ず説明を行い、確認をした後、治療に入る事、再び悪くならないように予防方法について一緒に考えること、思いやりベースのひらい歯科クリニックでは、これらの事はまず初めに大切にされる行動です。

考えてみれば当たり前のようなこれらの事柄が実践できて初めて、知識や技術が生きてくるでしょう。人に貢献できて初めて医療と言える、私たちはそう考えています。

この地でひらい歯科クリニックがスタートして20年以上が経ちました。

最新の歯科医療を心を込めて提供したい、地域の皆様の健康に少しでも貢献したい、そのように思いながら走り続けてきました。

これからも皆様に頼りにされる歯科医院、皆様に愛される歯科医院を目指していきたいと考えています。 ひらい歯科クリニックをどうぞよろしくお願いします。

院長平井をもっと知っていただくために

こんにちは、ひらい歯科クリニック院長の平井典和です。

私は、1963年9月18日、福岡県の田舎の村で産声を上げました。 私が生まれ育った所は川のせせらぎやカエルの声が聞こえてくるのどかな田園地帯でした。多くの人が自分の田んぼを持っているような農村地帯で、春と秋の農作業の忙しい時期(農繁期、と言います!)になると学校や職場が早く終わったり、休みになったりするような、そんな村でした。私も子供の頃は農作業を手伝ったりしました。お陰で今でも、「お米を一粒でも祖末にすると目がつぶれる」と信じている昭和の人間です。

男ばかりの3人兄弟の末っ子で、どちらかというとほったらかしにされて、大きくなったようで、おとなしく、手のかからない子供、だったようです。

ただ、勝ち目のないケンカを兄達とするときは、かなり泣きわめいて、それを聞いた父か母が、兄をしかって、それを見て私が泣き止むということがよくありました。

兄達からすると許せない弟だった?かもしれません。

私の父は学校の先生でした。生徒達には優しいと評判だったようですが、男の子3人が待ち構える家では、にらみをきかせるためか、とても怖い存在でした。けんかの絶えない兄弟だったので、仕方がないと思いますが。

私が小学校低学年の頃だと思いますが、父が、自分の勤める学校へつれていってくれたことがありました。休日で生徒はだれもいない校庭を通って初めて行く学校の校舎に入りました。職員室で父の仕事が終わるのをただ待っていただけなのですが、父の働く場所を見せてもらったのがすごく嬉しかったことを覚えています。

校長ということで、生徒に何かあった時には、夜遅くでも家の電話が鳴りました。そして、必要があれば出かけて行きました。そんな父を心配そうに見送る母。もう、遅いから寝なさいと言われて布団に入るのですが、子供心に気になって眠れなかったものでした。「仕事って大変だな」と感じたと同時に、多くの人に必要とされている父に子供心ながら尊敬の気持ちも持ちました。

中学時代は、バスケに熱中していました。なんとなく入った部活ですが、友達にも恵まれがんばりました。ずば抜けたプレーヤーのいなかったチームでしたが総合力で勝負して、そこそこの成績を残しました。この時、チームプレーの大切さを学んだような気がします。

いろいろと進路を悩んだ末、歯科大学への進学を決めたのは、高3の2学期が始まってからでした。

多くの人に頼りにされ、必要としてもらえるような仕事がでればいいな、ちょうど幼いころ、父が見せてくれたような仕事。でもなぜか、同じ道には進まず、白衣に対するあこがれもあって、歯科医を目指したのでした。

大学を卒業すると、1人前の歯医者になるべく、開業医の先輩の医院に3軒勤めました。この中の1人の先生とは今でも、時々お会いし、いろいろなことを教えていただいています。

その先生の医院の勤務当時は卒後3年目で、仕事に中途半端な自信を持ってきたころでした。習い立ての知識をやたら患者さんにやってみようとする私は、自分ではできてるつもりでも院長からみると危なくてブレーキをかけられることもしばしばでした。

院長からはよく本の宿題が出ました。歯科の本を読むのは当たり前、そして毎週のように渡される数冊の新書。自分では多分選ばないだろうという本に閉口しながらも一生懸命読んでいました。いまから思えばとても貴重な経験でした。 その院長からは、

「歯科医師として大切なことは、歯科の治療の技術や知識だけではなく、 人間としての幅をひろげることだ」

と教えられていたような気がします。その頃は意味が正直よくわかっていませんでした。独立開業して、自分の考える歯科医院を作っていきながら、様々な経験を積むに従って本当の意味がわかってきたように思います。

開業当初の私は、歯科治療の技術レベルを上げるために、いろいろなセミナー、講演会、実習に行きまくりました。

「歯医者の評価は、技術で決まる」当時は本気でそう思っていた私は歯周病、義歯、インプラント、など様々なセミナーに参加し、患者さんに、その治療を行いました。

しかし多くの方々の治療を行うに連れて、私たちの仕事は、技術の提供がすべてではなく、大切なことは、その人がまずは普通に食事ができるように、できるだけ簡単な処置ですませること、そしてできれば生涯、おいしく食事がとれ、健康な生活ができるようにサポートし共に進んで行くことであると感じてきました。

今、私の考える医院では悪くなってから治療をするのは、もちろん大切なことで、しっかりと行いますが、そうならないように予防をすることはもっと大切なことだと考えています。

このことを来院される方々に伝えていくこと、そして、予防を生活の中に取り入れていけるよう、一緒に考えていくこと、そしてそれを医院のメンバー達と力を合わせて、進めていくことがなにより大事なことです。

そう考えていくと、専門的な歯科の知識はもちろん、多くの人から信頼されるよう、人間性を深めて行くことが良い仕事をする上で必要なことだと感じてきています。

これからもより多くの方々が気軽に足を運べるような、歯科医院を目指していきたいと思っています。 ここに来てよかったと言う言葉が聞けるようにまだまだがんばっていきます。

よろしくお願いします。

ひらい歯科クリニック 平井 典和